2010年12月18日土曜日

お久しぶりです☆
気が付いたら12月も半ば!!
この一カ月、いろんなことがありました。
ちょっと日記風に書き出してみようと思いま~す。

11月13日(日)
サッカー大会、大成功!
日本人チームの他、たくさんの協力隊仲間が来てくれて総勢30名ほどに。SAMURAI FC は残念ながら4位。
でも強靭なケニア人選手と健闘!!
1次隊メンバーによる「YOSAKOIソーラン」も好評♪
そして、うちの職場の人達も、無給で土曜日出勤して来てくれた。
その日の晩は、私の家に10名もの1次隊メンバーが泊まり、朝方までおしゃべり(*^_^*)

















11
月16日(火)
サッカー大会を主催した、同じ街ナロクに住む先輩隊員宅で打ち上げ「カレーパーティ♪」
何故かクレヨンしんちゃんの映画を見て二人で感動する。

11月16日(火)~18日(木)
アメリカ人ボランティアの友達Meganのピンチヒッターで
突然、パソコン教室の先生をやることに。
ユースセンターで、ワードの使い方など、基本的な操作を教える。
このセンターの眼の前にある、チャパティ屋のチャパティとウジがナロクで一番美味しいと思う。

11月29日(月)~30日(火)
日本からの友人とマサイマラへサファリ♪
数日に一度しか降らない雨の日にドンピシャ!
にもかかわらず、ライオンやチーターを見ることができて満足。

12月2日(木)
Meganの住む、レスキューセンターには身寄りのない女の子たちが
学校が休みの間だけ帰省する。この期間を利用して、Meganが企画した
Girls Campの環境教育の講師として呼ばれる。
私の好きに授業をすることができて、久々に楽しい時間を過ごせた。
これを機に、廃材を利用した作品なども作ってみた。

夕方、とんぼ帰りでナイロビへ。

12月3日(金)
今日は、ケニア副大統領 Kalonzoさんへの表敬の日。

なぜか、突然私がスピーチをすることに・・・
しかし、さすがJICA!ちゃんと原稿を用意してくれていたので、ひたすら読みなれない難しい英語を噛まないように朝から練習。
いつもながら、数時間待たされ(これ、ケニアでは普通)スピーチも難なく終えて、ほっ(^◇^)

会場のインターナショナルカンファレンスセンターは展望台で有名。
ということで、夕方、上ってみる。
美しい夕日とナイロビの夜景に感激☆

12月5日(日)
東アフリカ最大のスラム、キベラで活動している千晶さんのスタツアメンバーと一緒にマゴソスクールを訪問。これで、マゴソへ行くのは3回目。
今回は年に1度の大イベント、クリスマスパーティで、
マゴソ関係の有名人が勢ぞろい!!
マテラさんの話に、そして、ミヤケンさんの新しい壁画に感動♪
元気を貰いました。

12月6日(月)~8日(水)
年に2回あるボランティア総会&安全協議会
総勢100名近いボランティアが全員集まるのだから凄い。
見たことない日本人たちがたくさん。
ホテルを貸切状態で行う。
久しぶりに、同じ隊次の人達全員に会えて楽しかった~!

12月9日(木)~10日(金)
同期の人達と一緒にティカ&ワムムへ。
ティカでは、そこで活動しているNGOを訪問。
そして、ワムムの男子更生学校へ。
そこで活動している同期の人の家に泊まらせてもらって、更生学校の子どもたちの様子を見せてもらった。
一見、どの子も可愛らしい。でも、きっと色んな傷をかかえてやってきた子たちなんだろう。
目の前に子どもたちがいるって、やっぱり良いなと思った。

12月11日(土)
久しぶりにMarurui村(5年前活動していた村)へ。
村へ繋がるガタガタ道が、広い整備された道になっていてビックリ!
工事が終わったのだ。電気が来て、道が整備され、少しずつ確実に
変わっていく。

12月12日(日)
ボツワナにいった環境教育の協力隊の友達がケニアに遊びに来る
ということで、ナイロビで会うことになった。何を食べたい?と聞くと
「日本食!!」
ボツワナには日本食レストランは無いらしく、ナイロビの誇る日本食
を堪能していました。

12月14日(火)
ついにナロクへ帰宅。
2週間も離れていたので、懐かしい~♪
家に帰って一番に蛇口をひねってみたが、
やっぱり水は出ない・・・とほほ
毎晩雨が降っていたナイロビと比べて
ナロクはやっぱり「ダスティタウン」
12月17日(金)
職場へ行くと、突然、今晩4時からパーティがあるからと
言われる。いわゆる、忘年会だ。会場はオフィスの庭の一角。
ま、お約束通り、4時に行っても人はパラパラ。
日も暮れて7時になってから、ようやくスタート!
テントが立って、食べ物が並んだ。
長~いスピーチ大会の後、みんなお待ちかねのダンスタイム!
皆、踊る踊る。夜中の12時まで大音量の音楽をかけて踊りまくりました。
この国には騒音問題とか近所迷惑とかいう言葉は無いみたいね。
めっちゃ楽しかったけど(^^)

2010年11月10日水曜日

世界一大きな卵焼き!?


先日、ダチョウの卵をゲットした話を載せましたよね。

ちょっと前になってしまいましたが、その後、世界一大きな卵焼きを作るべく、パーティを開催しました♪

一人じゃ絶対に食べきれないので、メディカルキャンプのMoses、アメリカ人ボランティアのMegan(彼女はアメリカ平和部隊「ピースコープ」で来ています。JICAと同じようなもんです。)それから、アメリカのNGOでマサイ族を支援しているというMeganの友達二人を招待してワイワイ☆

ダチョウの卵と鶏の卵。。。ひえ~、やっぱりデカイ!!

まずは、どうやって中身を取り出すか!?
本当は、普通に割ったら良いんだけど、せっかくのダチョウの卵なので、殻は殻で後でマサイ族の友達にビーズで飾り付けをしてもらいたい。
ということで、小さな穴を開けて中身を取りだすことになったのだが、なんとMosesが約束していたドリルを忘れたという・・・(@_@;)

しょうがないので、ナイフの先を使って根気よくグリグリ、グリグリ頑張ること20分。穴が開きました!




反対側にも穴を開けて、息を吹き込みます。














大きなボールいっぱいのダチョウの卵!














フライパンに入りきらないので、2回に分けて卵焼きを作りました☆
(というか、Meganが作ってくれました^^)
インターネットの情報によると、ダチョウの卵は、水っぽくて鶏の卵に比べると美味しくないとのことだったけど、実際は黄身もしっかりしてて、とても美味しかったです♪


そうそう、
Meganは、なんと2004年に京都に1年間住んでいたんだって!
だから、日本語もちょっと話せます。
もしかして、私達、四条かどっかですれ違ってるかも・・・そんな二人が、同じ時に、同じボランティアとしてケニアのそれもナロクという小さな街で出会うなんて・・・縁を感じるな~(*^_^*)

サッカー大会に向けて準備中!

同じナロクに住んでいる先輩隊員が企画したサッカー大会を手伝っています。

ケニア人チーム3チームと、ゲストチームとして日本人のチーム(協力隊や在ケニアの日本人のチーム)1チームの計4チームでトーナメントをします。
選手だけでなく、応援、手伝いなど、ケニア中から日本人が30名近くも集まってくれることになり、大きな大会になりそう♪

大会の大きな目的は、HIVエイズの啓発。
自分のステータスを知ろう!というのをテーマに、
当日は先輩の病院から、ドクターやカウンセラーが来てくれて、HIVのカウンセリングやテストを受けれるようになっています。

テストを受けてくれた人には、プレゼントを渡そうということで、
先週土日は先輩の家で泊まり込みで準備♪
折り紙のぽち袋を大量に作って、それにコンドームとキャンディー、それからメッセージを入れました。
折り紙の袋は思いつきだったけど、出来上がりを見ると、なんだか素敵!
これなら、貰った人も喜んでくれるかな。

その他、ポスターやアンケートなども製作。ホテルに行って、マネージャーと宿泊費や打ち上げパーティの値段交渉。。。
こういう準備って楽しい☆☆

良い機会なので、うちの職場からは、木炭に変わる燃料「ブリケード」のデモンストレーションをすることになりました。ケニアの一般家庭には電気やガスはまだまだ普及しておらず、多くの人たちが木炭で生活しています。
森へ行くと、木を切って焼いて作った木炭をロバの背中に乗せ、街まで売りにいく人々であふれています。

この木炭に変わって、木を使わない燃料として開発されたのが、ブリケード!
葉っぱや廃材の紙くずなどの材料で作れます。



これを一生懸命作っているコミュニティの人たちがいるんだけど、問題は知名度が低く、マーケットががないこと。(女性が持っている、白っぽいのがブリケードです。)
サッカー大会をきっかけにして、ちょっとでも多くの人たちに、この燃料のことを知ってほしいと思います。

小雨季に入ったナロクは、毎日雨・・・。
土曜日だけは、晴れて欲しい!!

てるてる坊主を作って祈るつもりです♪

2010年10月28日木曜日

ケニアで鍋!


ナイロビから家の視察に来たJICAのスタッフの方に、ナロクでは手に入らないネギと白菜、そして豆腐(!)を頂きました。

これは、鍋だろ~!

ってことで、早速、ナロクにもう一人いる先輩隊員と一緒にうちで鍋をすることに♪
タウンのスーパーで鳥肉とマッシュルームを買ってきてもらって、白菜とネギたっぷりの鳥鍋。
先輩が日本から持ってきたダシを入れると、
ふわ~と醤油の良い香り。。。わーい(^▽^)

鳥肉が冷凍で、しかも骨と油が多くて、ちょっと切るのが大変だったけど、
二人でおしゃべりしながら料理するのも楽しかったし、
鍋をつつきながら、色々話ができて、なんだか久しぶりにホッとできた時間でした。

人生、先のことは誰にも分からない。
でも、今目の前にあることを、今できることを一生懸命やるしかない!

明日も、お互いまた頑張りましょうね。

2010年10月26日火曜日

ダチョウの卵


Mosesのメディカルキャンプ2日目のこと。

ナロクから現地に向かう途中、
ぽつんと立った一つの木に何頭ものキリンたちが群がって一生懸命葉っぱを食べる姿が見えた。

この乾燥の地で、キリンたちも、食べ物を探すので必死なのだ。

木も可哀そうだけど・・・



1日目に受付だけをして受診できなかった人々に加え、新しい人々、そして学校の子どもたちが加わり、2日目も大混雑。診察用紙を持った人々が詰めかけた。反省を生かし、初めから列に並んで座ってもらえるように椅子を配置、一人ひとり、「あなたココ、はい少し動いてください!」と声をかけながら、なんとか順番に受診ができるようになった。。。

ふ~っと息をつくも束の間、一人のおじいちゃんが頑として動いてくれない。
「どうしたんですか?」と聞くと
どうも、子どもと一緒の席に座るなんてできない、ということらしい。

雰囲気から察するに、もしかしたら村の長老なんだろうか。
ちょっと迷ったが、ドクターに相談して、この長老は特別に先に受診することになった。
『順番抜かし』ではあるが、このプライバシーも何もないような騒然とした診察室で、少しくらい文化的なことに配慮することも必要なのかもしれない。

私がちょっと目を離しているすきに、列はぐちゃぐちゃになり、結局昨日と状況は変わらなくなった。
でも、途中から英語とマサイ語の両方を理解する学校の子どもの一人が通訳兼アシスタントになってくれたので、大助かり!!

まだ、12歳やそこらなのに、英語、スワヒリ語、マサイ語を操るなんて、本当にケニア人には脱帽。






今日も1日があっという間に過ぎた。
帰ろうと言う時になって、車が故障。待ちぼうけをくらっている時だった。
オランダ人のMarchが「Sachiko!ちょっと来て!」と呼んだ。
行くと、マサイ族のママが何やら白い麻袋を下げて立っている。
「私は買えないけど、Sachikoは興味あるかと思って・・・」
中から出てきたのは・・・

ダチョウの卵!!

でかっ!!


(これ、野生のダチョウの卵だよな・・・良いんだろうか・・・)
と思いつつ、きっと私が買わなくても誰かが食べることになるんだろうと思いなおし
一つ買ってみることにした。500シリングだったのを、200シリングにまけてもらった。

食用では、世界一の大きさだと言われるダチョウの卵。ずしっりと重い。

Mosesによると、上手に穴を開けて中身を取り出し、卵の殻はビーズなどを飾って装飾品にするらしい。
とりあえず、近いうちに私の家でダチョウの卵パーティをしようということになった。

最後に参加メンバーみんなで記念撮影。
あっという間の2日間だったけど、色んなことを学んだ気がする。
思い切って参加して良かった!!

色んな出会いに感謝です♪

2010年10月22日金曜日

マサイ族の村へ医療を


うちの職場には、色々な人々が出入りしている。
特にこれといって仕事がない私は、毎日オフィスの自分の部屋を出たり入ったりしながら、
知らない顔に出会っては、握手をして自己紹介をする日々。

Moses も、そんな風に職場で出会った一人だ。
彼は大学を卒業後、故郷マサイの地へ戻り、貧しい人々をアシストするためNGOを立ち上げ活動している。

環境教育のお仕事とは直接関係ないんだけども、実際の人々の様子を見てみたくて、Mosesと一緒にとあるマサイ族の村を訪問することになった。

彼のNGOのプロジェクトの一つである『メディカルキャンプ』は、近くに病院もなければ、病院へ行くお金もないマサイ族の人々へ医療と薬を届けるプロジェクト。
今回は、オランダからのお医者さんPeter と奥さんのMarch、そしてナイロビ大学の医学部の学生グループに同行させてもらうという形になった。薬は、支援金で買ったものと、Mosesがナロク中をかけずり回って寄付で集めたもので、トラックいっぱいだ。

ナロクから車で15分ほど走ったエワソンギロ(Ewaso N'giro)という街から左へ入る。
道はもちろん舗装されてないので、雨に浸食されガタガタ、ボコボコ。まっすぐ走ることはできない。溝や穴を上手に避けながら、ジグザグに注意深く車を走らせなければ、すぐにパンクかスタックだ。
ケニアのドライバーは、ほんと凄いな、といつも思う。しかも、ものすごい砂煙で前がほとんど見えない。

どれくらい走っただろうか。
Mosesに聞いても、「もうちょっと行った所!」だという。
マサイ族にとっての ”もうちょっと”ってどれくらいなんだろうな~・・・などと、ぼんやり思っていたその時、
遠くにポツンと一つ、看板が現れた。小学校の看板だった。

その看板を左折してから、さらに何十分走ったか、やっとトタン屋根の小学校が視界に入った。そして、赤い布を纏ったマサイのママたちや老人たちが、小学校へ向かって草原を歩いている。

小学校へ着くと、既に情報を聞いて集まった人々で溢れ返っていた。







診察を始める前に、まずは受付と会場設定をする。
会場は学校の1室。木の机を二つ並べて、そこへ子ども用のマットレスが運ばれる。即席のベッドになる。さすがに、丸見えでは・・・ということで、その辺の人たちからシュカ(布)を借りて、これまた即席のカーテンを作った。

受付は大変だ。みんな、英語はもちろんスワヒリ語も話せない人が大半で、字も読める人はほとんどいない。マサイ族のMosesたちが、一人一人、名前を聞いて診察用紙に書き取っていく。

私の仕事はというと、『交通整理』。
簡単そうで、これが結構大変!!
診察用紙の番号順に並んでくれたりしたら、すごくラクなんだけど、好き勝手な場所に座り込んだり、
診察室が人だかりになったりで、大混乱。
とにかく診察室の外に座って、名前を呼ばれるのを待ってもらうことになった。

それでも、用紙を持つ私のところへ人々が押し掛ける。
「ターニュペニュ!(ちょっとまってね)」というマサイ語だけを覚えて、連発。
なんとかスムーズに行くようになったら、今度はHIV検査をする別の部屋に呼ばれた。

そこにも人々がうじゃうじゃといて、ドクターが一人呆然と立ち尽くしていた。
「Sachiko!この人だかりを何とかしてくれ!」
そんなこと言われたって、私マサイ語わかんないんですけど・・・

医療のことが分からない私は、どうせ何もできないだろうと思っていたが、
人手が圧倒的に足りていなかった。

しょうがないので、知ってる限りのマサイ語とスワヒリ語、そしてボディーランゲージを駆使して、人々に列を作ってもらう。そうこうしながら、一方で検査を受けた人の診察券を作らないといけないので、大忙しだ。難しいマサイ族の名前を書き写すのに悪戦苦闘してると、新しい人だかりができ、せっかく作った列はバラバラになっていたりする。

ドクターはドクターで、どんどんHIVの検査をしていき、結果を私が書き取るのだが、
診察用紙の順番通りに並んでいるかも分からないし、本人も字を読めないし、
(大丈夫なんだろうか??)と不安を感じることだらけ・・・
でも、出来ることやるしかない。出来る限り、本人の確認を取りながら慌ただしく時が過ぎていった。

10時に到着して以来、飲まず食わずで働き、気づくと夕方4時になっていた。

Marchが「ランチが準備されてるから、ちょっと休憩しましょう。」と私達を呼びに来た。
患者さんたちを置いて休憩に行くのは気がひけたが、さすがに休憩しないと身が持たない。
すぐに帰るからね、と言って遅いランチを食べに部屋を出た。

ランチは村のご馳走、ヤギの『ニャマチョマ(焼き肉)』とライス。美味しかった。
一日一緒に働いていたドクターは、「Sachiko、食べたらすぐに戻ろう。患者が待ってるからね。」と言って急いでご飯を食べる。患者はほったらかしで自分のことを優先するというドクターが街の病院にたくさんいる中で、こんなドクターもいるんだなぁ、とちょっと感激してしまった。

その後も、6時近くまで診察券を作り続けた。
リストは120名を超えた。
それでも、今日は受付だけで診察まで辿りつけなかった人々が140名もいたという。
その人たちは明日、再度受診に来ることになった。
中には歩いて2時間かけて、遠い村から来ている人たちもいて、このうち何人が明日来れるか分からない。

心地いい倦怠感と充実感を味わっていた。この頃オフィスの中で何をするでもなく、仕事を探しながら悶々と過ごしていたので、久々に「働いた!」という気がした。と、同時に、日本で毎日味わっていた『現場』を思い出した。

目の前の仕事に没頭できるという幸せもあるんだな~と再確認すると同時に、なぜケニアで学校現場の仕事を選ばなかったのかも思い出した。
ちょっと違う世界に自分を置いて、そこから物事を考えたり見たりしてみたかったんだった。

『現場』から少し遠いあのオフィスだからこそ、出来ることがあるんじゃないだろうか。

夕暮れのガタガタ道を車に揺られながら、ぼんやりとそんなことを思った。

迷いシマウマ出現!




私の家から職場まで
歩いて10分。

こんな道を毎日通勤してます。








私の職場は、
Ewaso Ngiro South Development Authority 
という、地域開発を目的にした政府機関。
















看板とオフィスの建物。
イギリスを思わせる石造りの壁に赤い屋根。



さて、ある朝いつも通り出勤すると、
同僚の一人が「サチコ!カメラあるよね!?」
と飛んできた。

「何、何?」(自分を撮ってとか言うのかな・・・)
「シマウマだよ!シマウマがいるんだよ!」
と言うと、私の腕を引っ張って敷地内の草原を歩き始めた。

なんと、迷いシマウマがいるというのだ。
職場にシマウマ・・・さすがケニア!














この同僚は元KWS(ケニアワイルドライフサービス)のスタッフで国立公園で働いていたこともあって、野生動物には詳しい。
シマウマはとても人懐こく、脅かさなければ人間のそばで生活をできる動物なのだそうだ。

人々の証言をもとに、草原を歩いていると・・・いたいた!
迷いシマウマは呑気に草を食んでいる。












群れからはぐれてしまったのだろうか。シマウマの子どもは1頭だけだった。
うちの職場で飼えたらな~
なんて思うけど、実際はそういうことはできないらしい。
その日の午後にはKWSの人がやってきて
迷いシマウマ君はサバンナへ戻っていった。