2011年5月2日月曜日

キスム チルドレンズ フェスティバル


4月16日(土)キスムで開催された「チルドレンズフェスティバル」。

私は、前日からキスム近くの友達の家に泊めてもらって、当日朝から参加しました。会場はキスム博物館です。実行委員の人達を中心に、テントや看板など色んな準備をしてくれてたので、朝は椅子を運んだり机を設置したりして、すぐに始める準備ができた。


私は、環境教育分科会のみんなと一緒に、トウモロコシの芯から作るチャコルの紹介と風呂敷体験コーナーをやりました。鞄の作り方や、色んな物の包み方を教えました。


人気だったのは、本を2冊包む「本包み」と、ワイン瓶を2本を同時に包める「瓶包み」でした。
(今回はケニア人に馴染み深いソーダを2本用意。)
オリジナルバッグが出来て、みんな大喜び~!

日本紹介コーナーで浴衣やハッピを来た子ども達♪ 可愛い♪

今回のイベントで、日本の復興を祈願した旗にケニアの子ども達にメッセージを書いてもらいました。
子ども達は真剣にそれぞれのメッセージを書き込んでいました。

日本の復興支援のために製作されたTシャツの販売もありました。
デザインは同期の友達です。このイベントに間に合わせるために、めっちゃ頑張ってくれました!


イベントのヒーロー「リサイクルマン」と「タカタカン」 
(注:タカタカとはスワヒリ語でゴミという意味)

協力隊それぞれの得意分野が見事に活かされていて、
ポスター、会場設営、スケジュールなど、本当に良く準備されていたと思う。
何カ月も前から準備をしてきてくれた実行委員の皆様に感謝です。
お疲れ様でした~!!

2011年4月19日火曜日

鶏と合席


3月の末~4月は色々とイベントがあって、ケニア各地を渡り歩いています。この土日は、ケニアウェストの大都市キスムへ行ってきました。(キスムの話は明日にでもUPします。)

もちろんマタツで、ナロクへ帰って来たわけですが・・・
今日のマタツは凄かった・・・
14人乗りのマタツに子どもや赤ちゃんをを含め28人がぎゅう詰め。
そこへスーツケースやバッグパック、はたまた鶏までが積み込まれ、日本のラッシュアワーの電車のように身動きが取れない。
隣のおばちゃんの鶏が私の目の前で袋から顔を出している。
本当にこの子たちは、どうしてこんなにおとなしいんだろうか。

小さな村々で乗客を降ろすたびに、人、荷物、鶏が降りて、そしてまた
乗り込む。5分、10分ごとにこれを繰り返すわけだから
なかなか目的地には着かない。

挙句の果てに、今日は途中の村で突然、ドライバーが
「今日はここまで。ナロクへ行くのはやめ~た。」
と言いだした。
「え!?これ、ナロク行きでしょ!?困るよ。」
と私が騒ぐと、ドライバーは代わりの車を呼んでくれると言う。
代わりの車を呼ぶくらいなら、これで行けばいいじゃないか!!
ここまでの道のりで、既にぐったりしていた私は、珍しくイライラした。

待つこと30分。

来た。なんと、マタツ(ワゴン車)ではなく、ワンボックスタイプの乗用車だ。
しかも、普段は荷物を積む後ろの部分しか空いていない。
しょうがない、鶏おばさんと一緒に、そこに乗りこむ。
驚くことに、あの小さなスペースに大人が8人も乗りこんだ。
大人も子どもも鶏も運命共同体。
小さな車にみんなぎゅう詰めで、それでもみんな陽気に笑ってる。

うーん、ケニアだ。

2011年3月24日木曜日

海を越えて手を繋ごう!日本とケニア

毎日ネットで日本のニュースを読み、心を痛める毎日ですが、私はケニアで出来ることを一生懸命やろう!と思ってます。(今日は風邪ひいちゃって1日家で寝てるけど・・・)

年明け、日本の小学校では3学期に入って(ケニアでは1学期)
日本の小学生(私が初任者の時に受け持った子達です♪)とケニアの小学生の交流授業を進めてきました。
短期間で、何が出来るかな~と思ったけど、6年生の先生達や、日本とケニア双方のJICAオフィスのスタッフの方に協力して頂いてお陰で、本当に良い交流授業ができたと思う。

まず、1月頃に、ケニアの小学校の様子をビデオに撮って、日本へ送付。普通に郵送するのでは間に合わないので、JICAの方にネットを通じて送って貰った。それを見た日本の子たちが、今度はケニアの子どもたちへワードでお手紙を作ってくれてメールで送ってくれた。それを、こちらでプリントアウトしてケニアの小学校へ!みんな大興奮♪

なんと、最後の最後にテレビ会議まですることができました!
村には電波がないため、子どもたち同士を繋ぐことはできなかったけど、ナイロビの私と京都の子どもたちがテレビを通して話をするなんて、なんだか感激だった~♪

改めて、インターネットって凄いな~と実感。

あと、先週は1週間スワヒリ語のフォローアップでした。前にもお世話になったジュリアス先生だったので嬉しかった~(^◇^)
なんか、かなりブラッシュアップされた気がるすので、毎日できるだけスワヒリ語で話そうと心に決め、ナロクに帰ってきて実践中です。

昨日オフィスへ行くと、同僚のみんなが日本のことを気にしてくれていました。この1週間で、何人ものケニア人が日本のことを心配して電話をかけてくれました。ケニアの人々の祈りが日本に届きますように。

2011年3月12日土曜日

日本の皆さんへ 無事を祈っています

ブログを読んでくださっている皆さん

地震のニュースがケニアにも届きました。
テレビを見て愕然としています。
ちょっと事情があって、みんなにメールが出来ませんが、
みんなの無事を祈っています。
特に東京、関東、東北にお住まいの皆さん。
大丈夫ですか??すごく心配してるよ。
もし、これを読んだら、コメントでもメールでもくれると嬉しいです。

さちこより

2011年3月7日月曜日

赤ちゃんに会いに

先週末、同じナロクに住む協力隊のお友達ととケニア人のアンと一緒に、アンの友達の赤ちゃんに会いに行ってきました~♪ お祝いに赤ちゃん用の服を買うアン。小さなタクシーに、大人4人、子ども3人、アンの従妹の赤ちゃん1人が乗り込みます。(ケニアでは子どもは隙間や膝に座るのが普通。日本じゃ考えられないよね。)


















世界中どこでも赤ちゃんは可愛い(*^_^*)日本人2人、お母さんになりきってみました。


















日本と同じで、ケニアでも赤ちゃんは背におんぶします。おんぶ紐の代わりに、カンガという民族布でくるむようにおんぶします。さらにその上から毛布生地のあったかい布ですっぽりくるまれ、赤ちゃんも居心地良さそう~。町中では、服の生地と同じ柄の布であかちゃんをおんぶするオシャレなお母さんも。カンガってほんと、色とりどりで可愛いし色んな使われ方があって好きです。

2011年2月28日月曜日

スーパーの袋を編む

2月の初めごろ、ナイロビのとあるスラムでスーパーの袋を編んでバッグや入れ物を作っているママたちに作り方を習ってきました。

スーパーの袋を輪切りにして、繋げて糸を作り、それをかぎ針で編んでいきます。













こんな感じで、カラフルなバッグができま~す♪
といっても、堅いビニールの糸を編んでいくのは、結構大変。熟練の技です。



















なんと青い帽子もPlastic Bagからできてます。緑と黒のバッグも個性的♪
他にもマットレスや小物入れなど色々ありました。


















さっそくナロクへ帰り、私が関わっている村のママに話をすると「やってみたい!」ということで、
ママ達に教えるために、まず私が只今猛練習中。

まだ、途中だけど、こんな感じで~す。

2011年2月2日水曜日

オロロイト村の小学校

ご無沙汰しております。
なんだか1カ月に1回のブログ更新が型にはまりつつある今日この頃。
何とかこの状況を打開したいな~と思いつつ
日々、日常の小さな事に対応しながら楽しく生きています。

今日は、ちょっと真面目(?)な活動のお話。良かったら読んでください☆

                ***

ナロクの中心地から北へ車で5分ほど公道を走り、ガタガタ道に入って20分ほど行くとオロロイト村という小さな村がある。村に一つのオロロイト小学校は、児童数500名程度の日本で言えば中規模校・・・という所だが、他のケニアの公立小学校と同じように、学年に1つの教室しかないので、50人~60人が一つの教室で勉強している。ちなみに、ケニアは小学校8年間+高校4年間のシステムを導入しているので、小学校は1年生~8年生まで。1月から新学年がスタートする。

オロロイト小学校は、うちの職場が進めているGreen school programに参加している学校の1つで、以前は校内に苗木園があり、育てた苗木を学校の敷地内に植林していた。2年前に植えた木が、今子どもの背丈を越えるくらいに育っていた。その後、なぜ活動がストップしてしまったのかというと、理由は2つ。『水と動物』だ。

水というのは、説明しなくても分かるかもしれないが、要するに水不足。水道の通っていない村の小学校では、雨水を溜めたタンクと川から汲んで来る水だけが子ども達の飲み水や生活用水になる。ここ数年、川の近くにゾウが出るようになり、満足に水を汲みにいけなくなってしまったらしい。子どもの飲み水を優先すると、苗木にあげる水はない。
代表的な理由のもう一つは、「動物」。これは、ゾウなどの野生動物も指すが、このマサイランドでは、特に「牛、ヤギ、羊」などの家畜を意味する。オロロイト村の住人もほとんどがマサイ族のため、そこら中で牛やヤギたちが放牧されている。学校が休みになると、特に木の葉が大好きなヤギ達がやってきて、根こそぎ苗木や若い木の葉を食べ荒らしてしまうのだ。

ナロクへ赴任して半年間、私は職場の人にくっついて、様々な小学校を回って来たが、どの学校もこの「ヤギ問題」を挙げる。確かに、私も昨年11月頃、苗木を育てようと思って玄関先に置いていたら、ヤギ達に食べられてしまった苦い経験があるので、気持ちは分かるような気がする。とにかく、ヤギ達に食べられないようにするためには、苗木園、そして植林した学校の敷地をフェンスでぐるりと囲うようにしなければならない。

(1校だけ、フェンスがなくても成功している学校があった。それは、学校の苗木をもしヤギが食べたら、お詫びにヤギを2頭学校へ渡さなければならないという約束を、地域住民と交わしているからだった。すごい学校だな~とジョンと共に感心した。これが他の学校へ広がればいいな~と思って紹介はするが、実際にはなかなか上手くいかないらしい。)

オロロイト小学校の苗木や若い木も、学校が長い休みの間に、ゾウやヤギにやられてしまったということだった。土地という概念が曖昧なケニアでは、「ここからが小学校」という明確な塀やフェンスがない学校の方が多い。この小学校に限らず、Green Schoolの代表的な課題としてこういう問題があるんだということが、何となく見えてきた。

私達はこのオロロイト小学校をモデルスクールの1校に選び、こういう課題を解決しながら、環境クラブの活動として苗木園を続けていくための道を模索することにした。といっても、ジョンは学校のプログラムだけでなく様々なプログラムを一手に抱えている。そもそも、私の職場(政府機関)ですら、ものすごい広大な管轄地域を実質ジョンとピーターの二人が請け負っているという状況がある。なので、これから学校へ密に関わっていくのは、主に私で、ジョンやピーターは時々様子を見に来て貰うことになった。

この半年間、できるだけ職場の人のサポートに回るために、職場の人の仕事の様子に合わせて、私が何かを言いだして動くということが極力しないようにしてきた。私がすることを「Sachiko Program」にしたくなかったのだ。でも、このまま動かないと何も始まらないな、とやっと思えるようになって、1月から積極的に動くことにした。発案書も自分で書き、日程を組み、それに合わせて同僚達に声をかける。車を手配してもらう。小学校の先生達に連絡しアポを取る。こういうことを私がやってはいけないのでは・・・と思っていたけど、短い時間の中で私に出来ることをまずやり始めて、その中で持続可能なことが見えてくるかもしれないと考えを改めた。

というわけで1月に入って、突然忙しくなった。
昨年1度しか訪問しなかったオロロイト小学校には、今年に入って、もう3度も訪問した。1度は子ども達を集めて「水と森」の授業。今までの「トークオンリー」の講義ではなく、地球儀やバケツの水、私が描いた絵やチャートを駆使して、授業をしてみた所、子ども達は一生懸命聞いてくれて、授業を一緒にやったジョンも大満足だった。

この波を逃すかと思って、次は保護者会のミーティングの時に、同じ授業をやらせてもらうことができた。ほぼ全員マサイ族の保護者達が並ぶ会場で、大人達がどんな反応を示すかすごく心配だったけど、意外に皆食いついてくれた。ジョンの演説上手の癖が出て、初め20分の予定だった授業が1時間半かかったのは反省点だが(本人は全然気にしてないのが問題!)とりあえず、保護者を前に授業できたというのは一歩前進かもしれない。

色々やり始めて実感したこと。。。
それは、(ケニアでは)プッシュしないと物事が動かない。そして、プッシュをかけたら、意外に物事が動く。ケニアを括弧に入れたのは、日本だって似たような所があるから。プレッシャーがかからないと動かないという人間の常は世界中どこでも一緒だろう。しかし、ケニアでは、この傾向がすごく大きい気がする。「明日誰々が来る!」とか「今日何々がある!」とかいう段になって、今までチャイを飲んでのんびりしていた人々が一斉に動き始める。こんな情景は、うちの職場でもたくさん見てきた。それで、間に合う時もあれば、間に合わないけど途中まで進むなんて時もある。

「来週の火曜までに苗木のフェンスを作っておきます。材料はあります。」と約束したって、十中八九出来上がるはずはない。日曜日に校長先生に連絡しプッシュを頼み、月曜日に学校へ連絡し状況を聞き、当日の火曜日の朝「今日行きますよ。フェンスは出来てますか?」と聞いて、やっと「それが、出来てないんだけど、あなたが来るまでに必ず終わらせるから!」という返事が返ってくる。そして、昼ごろ到着すると、真新しい木のフェンスが出来上がった所だった、、、という感じだ。

それでも、一生懸命、フェンスを作ろうとしてくれた先生達の気持ちが私は嬉しかった。役場(今の私の職場)の視点から言えば、「フェンスができて苗木園が出来上がりました」という所で満足してしまいがちだが、その先、苗木を枯らさないように毎日水をやる子ども達とそれを指導する先生達の地道な活動があることを私は知っている。だからこそ、その地道な活動をどんな風に進めていけばいいのか、そこを先生達と一緒に考えていきたいと思ったのだ。

私がプッシュして進んだ物事は、もしかしたらプッシュする人がいなくなったら進まないままなのかもしれない。でも、それより先にある事を一緒にすることで、職場の同僚や、学校の先生や、子ども達のうち、誰か一人でも新しい事を考えてくれたり感じてくれたら、もしかしたらその人が次に行動を起こす人になるかもしれない。そう思って、今は、可能な限り密に連絡を取って、物事を進めていってみたいと思う。
(ま、連絡を取っても進まないことも、山ほどありますけどね!)